八雲町 概要
八雲町(やくもちょう)は、北海道の渡島支庁管内にある町の一つ。 酪農と漁業の盛んな町。 木彫り熊発祥の地であり、バター飴の元祖でもある。
「八雲」という地名は、素戔嗚尊が詠んだとされる「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」の和歌に因み、開拓の指導者である旧尾張藩主の徳川慶勝が自ら命名したものである。
2005年(平成17年)10月1日、檜山支庁管内の熊石町と支庁を越えて合併した。新設合併で新町名は八雲町。同時に二海郡が新設された。旧熊石町区域が渡島支庁に編入されたことにより、檜山支庁は二つに分断されることになった。
八雲町 面積 955.98km2
八雲町 総人口 19,335人
(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
八雲町 人口密度 20.2人/km2
八雲町 地図
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八雲町 地理
渡島支庁管内中部に位置。町東部は噴火湾(太平洋)、西南部は日本海に接する。町域の中央を渡島山地が連なり、温泉地が点在する。両海岸を繋ぐ国道277号は雲石峠と呼ばれ、標高は低いながらも道幅が狭く落石の多い交通の難所でもある。なお、同一町内に日本海と太平洋を有するのは八雲町が唯一。
山: 遊楽部岳(1,277 m)、白水岳(1,136 m)、雄鉾岳(999 m)
河川: 遊楽部川(ゆうらっぷ)、鉛川、野田追川、平田内川、見市川、相沼内川
岬: 立待岬
八雲町 歴史
山地に隔たれた関係上、旧熊石町域と従来の八雲町域は独自の発展を遂げている。よってそれぞれ別々に略歴を掲載する。
八雲町(~2004年) [編集]
1878年 旧尾張藩主徳川慶勝侯が北海道開拓と併せて旧臣授産のため、遊楽部の土地の下付を願い出て、家族持15戸・単身者10名・総人員82名を移住させる。
1879年 山越内村戸長役場と落部村戸長役場が設置される。
1881年 八雲村が設置される。これによって山越内村戸長役場が山越内村外一ヶ村戸長役場となり、八雲村はこの役場の管轄となる。
1890年 山越内村外一ヶ村戸長役場が八雲村外一ヵ村戸長役場となる。
1902年 八雲村と山越内村の2村が合併し、2級町村制施行を行い、八雲村とする。
1907年 1級町村制を施行する。
1915年 落部村が2級町村制を施行する。
1919年 町制施行を行う、八雲町。
1957年 落部村を合併する。
熊石町(~2004年) [編集]
1691年 番所が熊石に設置され、当時の日本(和人地)最北端となる。
1741年 松前大島の噴火に伴う津波により、大きな被害を受ける。
1744年 村が再建され、以後ニシン漁が栄える。
1873年 熊石、泊川、相沼に戸長役場が設置される。
1902年 二級町村制施行、熊石村になる。この頃からニシン漁が衰退する。
1960年 人口がピークを迎える(10,049人)
1962年 町制施行、熊石町
八雲町(2005年~) [編集]
2005年 八雲町と熊石町の合併で、檜山支庁を北部と南部に分断させる形となり二海郡八雲町が発足する。(そのため、山越郡は長万部町、爾志郡は乙部町のみになる。)ただし旧熊石町域は、気象庁区分では檜山北部に該当する。
「北海道 二海郡八雲町」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org