梨花の歴史
1993年、ファッション誌『JJ』や『CanCam』などに登場しデビュー。以来現在に至るまでファッション誌でのモデル活動を展開し続けている。
2006年7月、アーティスト「Rinka」として活動を始め、シングル『XXX(Millions Kisses)』をリリース。
2007年9月、レギュラー出演していた『笑っていいとも!』を卒業。
2007年10月8日、ブログで6年越しの恋人と破局したのを告白。
2008年以降はバラエティ番組よりも、本業のファッションモデルに活動をシフト。
2010年1月10日、ブログで9日に結婚した事を発表(相手は以前の交際相手で、復縁していた事を含め報告)。
テレビ朝日のバラエティ番組『ロンドンハーツ』内の企画「格付けし合う女たち」で、「A・B・C・D・Eカップ」や「乳首クンピ」、「ありえない2」等々の数々のギャグを連発し、芸人と言われるようになった。 同番組に共演する青木さやかは梨花に対し芸人としての憧れを抱き、田丸麻紀は「モデルから芸人になった人は珍しい」と発言、以上の様な経緯を経て確実に「芸人」と言う地位を手に入れたと言える。 本人は今でも「カリスマモデルです!」と主張するものの、同番組内のファッションチェックコーナー等では「元カリスマモデル」とのスーパーが使用されている。 この事に関して、本人は「『元カリスマ』モデルであり、これは現在はカリスマではないがモデルである」という意味と解釈して納得している。
料理はあまり得意ではなく、『愛のエプロン』では出演する度に数々の迷料理・珍料理で、ほぼ確実にジャッジマンを苦しめる。茶碗蒸しを知らなかったり、鶏の唐揚げをお湯で揚げた(要は茹でた)りした結果、 ワーストエプロン大賞のグランプリを2度受賞した事も有り、本人も自作の料理を食べ苦しんだ経験が有る。 さらに「カツカレー」を作った回では、自分のネームプレートを自宅に持ち帰らされるということもあった。一方、極たまに奇跡的とも言える旨い料理を作る事も有り、その料理で誉めて貰って嬉し涙を流した事が有る。さらに一度上エプを防衛したことと、エプロン番付けの総合ランキングで2位になったことがある。
さらに愛のエプロン初のゴールデンスペシャルでは、超が付くほどの激マズ料理を作ってしまい、1階にある愛エプのスタジオの近くにあったエレベーターで地下1階まで降りて、地下の通用口からスロープを通ってテレビ朝日(当時の社屋)の外へ出て行き、近くにあったパチンコ屋のパチンコ台にネームプレートが貼られてしまった。さらに点数は-777点で、見事料理で大当たりを叩き出した。(パチンコ屋にかけて-777点になったと思われる。)
2005年4月9日放送の『めちゃ2イケてるッ!』SP「め茶の水女子校期末テスト第2弾」で、理科のテストでアメーバを「ケボウミ」、社会のテストで万里の長城を「マザー牧場」と答える等の珍解答を連発し、「ウルトラのバカ」に認定された。 この時に残した、「What a beautiful woman Catherine is!」という英文の中のCatherine(キャサリン)を「かざらない」と解釈し「かざらない女性こそ美しい」と和訳した珍回答は、シリーズでも屈指の名解答として名高い。
又、別番組でフランスは何処かと言う問題に対してニュージーランドを指したり、佐賀県は何処かと言う問題に対しては小豆島を指したり、「自民党の正式名称は何」と聞かれた時に「自由民主主義人民共和国」と答えたり、鎌倉幕府が始まったのは1992年と答えたり、勉強や一般常識は「かなり」苦手な様である。
前述のフランスを間違えるミスは、『クイズ!ヘキサゴンII』でも犯してしまい、司会者島田紳助にイジられた。
又『行列のできる法律相談所』でも、過去に交際した男性タレントやスポーツ選手らが皆不幸になっていた事実を指摘され、同じく島田紳助から「芸能界一のさげまん」と酷評された。
『タモリのジャポニカロゴス』に出演した際、「根中」という苗字の件数が非常に少ないことを知る。
口に自分の握りこぶしを入れることができる。
2007年頃から徐々にバラエティ番組に出演しなくなり、2009年現在、司会を務める『世界!弾丸トラベラー』以外のバラエティ番組には、ほとんど出演することはない。